○最終報告書 1.はじめに
2.手続参加権としての環境権と環境形成手続
3.環境形成手続①――良好な環境に関する価値判断
4.環境形成手続②――環境改変に関する意思決定
5.環境形成手続③――環境改変の実施過程
6.手続参加権としての環境権の行使
7.環境権と他の権利・法的利益との関係
8.まとめ
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環境権に関する提言
環境政策ネットワーク環境権研究会 以下、環境形成手続の各段階について説明する。
3.環境形成手続①――良好な環境に関する価値判断
たとえば、住宅街に隣接する里山があり、その保有者が里山を宅地として開発する計画を立てたとしよう。この場合、宅地開発が環境形成手続を発動する「環境改変」となる。
この宅地開発計画に直接的な利害を有するのは、里山を保有する地主である。しかし、住民が散歩や文化的行事の場として利用していたり、環境NPOが里山を定期的に管理していたりすれば、住民や環境NPOも里山に「関係性」を有しているといえるため、宅地開発という環境改変に関心や利害をもつ可能性がある。我々の提言する環境形成手続によれば、環境改変を予定する事業者は、宅地開発を行う前に、その地域の「良好な環境」に関する価値判断を行う場を設けなくてはならない。
良好な環境に関する価値判断を行う場は、いわば環境改変に関心を有する者と環境改変行為の実施者との対話集会といえ、里山の例のほか、個々の環境改変ごとに様々な場が想定できる(11)
。我々の見解では、この価値判断の場に参加できる者は、周辺住民や環境NPOに限らず、問題となっている環境に関心をもつ全ての人々としている。なぜなら、およそあらゆる環境から人々は利益を得ることが可能であり、また、各々がその環境から得る利益は同様に尊重されるべきであるからである。
「良好な環境」にも様々な具体性のレベルがある。里山の例のように、具体的な事業計画が存在する場合には、住民の視点から重要と思われる個別的な環境の要素の優先順位(プライオリティ)を決めていくこととなる。逆に、具体的な事業計画を前提とせず、条例や行政計画といった抽象的なレベルで「良好な環境」を定義する価値判断を行う場合もある(12)。その場合には、条例や行政計画の策定段階で合意形成した価値判断が、個々の具体的な環境改変の際に準拠すべき基準となろう。
環境改変に関心をもつ者に意見表明を行う機会を保障するために、改変計画者(または価値判断の場を主宰する者)は、意見を述べる機会の存在を適切な方法によって周知することが義務付けられる。また、何人に対しても実質的な意見表明を行うことを保障する観点から、改変計画者等は、主として価値判断の基礎となる環境情報を適切に開示・公表する必要があろう。
そして、どのレベルの環境に関する価値判断であっても、価値判断を正当化するために、多数派の意見の前に少数派の意見が不当に排除されることがないように、価値判断の場の運営の中立性を確保することが必要である。中立性の確保に関しては、①公害紛争処理制度にみられる裁判外紛争処理制度の拡充、②議論を円滑に行うことができる人材の育成、③価値判断における考慮要素の明確化などを行うことが考えられる。
①に関しては、たとえば公害紛争処理法を改正することにより、公害等調整委員会や公害審査会が取り扱うことができる問題を環境問題全般に広げるとともに、事前的な紛争防止を主眼として、これらの機関を事後的な紛争処理に限らず広く環境改変手続の主宰者として活用することが考えられる(13)。
②に関しては、衝突する様々な利害を調整し、合意形成を図るに当たり、議論を円滑に進行するファシリテーターの役割が重要であるという趣旨である。
③に関しては、我々が提言する環境形成手続においては、価値判断の対象となる「良好な環境」は「既存の環境」の改変に対して中立的な概念と位置付けられることをまず述べておきたい。すなわち、既存の環境を「良好な環境」として維持するという価値判断もあれば、環境の改変が「良好な環境」の実現に資するという価値判断もありうる(14)。しかし、現に存在する環境には、歴史的・文化的にその空間に固有の様々な意味付けがなされてきたことに留意しなくてはならない。また、環境改変の影響は将来にわたって、広範囲に及びうることを踏まえると、将来世代の人間や(改変の内容によっては)海外に生活する人々も環境改変に対して利害をもつといえる。同様に、権利の主体ではないが、生態系も人間の生活環境を維持する重要なメカニズムである。
したがって、価値判断の場に参加できるのは、現実には現世代の日本の人間に限られるものの、その空間の歴史性・文化性(過去世代の利害関心)や将来世代の生存・健康の増進(将来世代の利害関心)も、価値判断における考慮事項とすべきだと考える(15)。
(11)例えば、ダム開発事業をめぐる地域住民と行政との対話集会など(環境改変に関する(b)のパターン)。
(12)関連する現行の制度として、パブリック・コメントやパブリック・インボルブメントが挙げられる。詳細は、補論4「合意形成と手続参加に関する法制度の動向」を参照。
(13)同様の提言を行う論考として、小清水宏如「環境権に関する法制度上の課題と今後の展望について」第8回環境法政策学会・2004年度学術大会論文要旨報告集64頁(2004)参照
(14)抽象的に説明するならば、「良好な環境」とは「空間を利用する人々が、内容は異なるものの、それぞれ利益を享受し続けることができる空間」ということになる。したがって、里山の例では、宅地開発を行うことが当該地域にとっての良好な環境の創出となるという価値判断もありえる。
(15)詳細は、補論2「空間の歴史性と固有性の考慮」を参照。
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