エピソードⅨ「環境政策プロジェクト~政党政策調査Ⅰ」

1997年(平成9年)

7月 環政研: 「環境政策プロジェクト」を開始
   ~各政党の環境政策を調査し、学生による模擬投票をする企画~
8月 8月合宿(足利)
9月 政党取材開始、9月合宿
   栃木県ウィズペットボトルリサイクル工場見学会
10月 10月合宿(農工大学内)
11月 模擬投票企画を開始 ~ 学生約1500人による政策模擬投票を実施
12月 結果が新聞記事に。温暖化京都会議で記者会見
   12月合宿(千葉の東大寮)
   L研 お茶の水でフリーマーケットに参加
   新進党大分裂

「容装法プロジェクト」後、夏以降、どのような活動を始めるのかをみんなで討議。政党の環境政策調査、環境経済学のゼミ、地球規模の国際環境政策研究などの案がだされたが、討議の結果、政党の環境政策調査「環境政策プロジェクト」に1997年(平成9年)7月に決定。

<プロジェクトの目標>
1.各政党が日本の環境政策に対して、いかなる考え方に基づいて、いかなる政策を掲げ、将来的には国の環境政策をどのような方向にもっていきたいのかを利害のない学生が政党への取材調査を通じて比較研究し、あわせて自分達の意見(提言)を政党の環境政策に反映させる。

2.この調査研究をマスコミに取り上げてもらい、広く国民に「環境政策」の視点からのアプローチを根づかせる。

日本の環境政策全般と「政治」との関係に着目し、「政治」は本当に環境政策について考えているのか?政策の違いがないと言われる政党に環境政策の差違はあるのだろうか?という疑問や選挙時の投票基準にしたいという思いを出発点に、各政党の具体的な環境政策を調査して、選挙の際の判断材料にしようというものであった。活動コンセプトは「社会に一石を投じる」。

テーマは22テーマ(地球温暖化、オゾン層保護、海洋法、環境ODA、環境行政、環境教育、ごみ問題、景観の保全、自転車政策、環境アセスメント、公害対策、環境税、エネルギー政策、エコビジネス振興策、干拓事業、環境権、NGO/NPO、市民参加、森林政策、生物多様性、湿地、自然公園)と幅広く抽出し、メンバーそれぞれが興味のあるテーマを選び、質問をだしてもらうということで46の質問項目を決定。合宿や通常の勉強会ではそれぞれのテーマについて、概要をまとめたレジュメを発表し、提言についてはみんなで議論してまとめようということになった。

当時は政界再編の動きが過渡期で、多くの新党ができたりしている状況。「国会に議席を有する政党」で「政党助成金を受けることのできうる政党」という基準で10政党(自民党、社民党、新党さきがけ、新進党、民主党、公明、新社会党、太陽党、日本共産党)にしぼった。政治家に聞くということも考えたが、同じ政党でも政治家によって意見や政策などはまちまちであるため、党としての見解を聞くということで政策調査会(政務調査会)環境担当の職員に直接取材することにした。

8月合宿で各政党への取材の分担を決定。各政党の政策調査会の環境政策担当者に9月よりペアになって取材を開始した。9月には合宿と並行して、栃木県にある「ウィズペットボトルリサイクル工場」への見学会企画を実施。ASJやきゃんえこメンバー、環境三四郎にも広く声をかけ、30名ほどのメンバーが見学。(合宿に名古屋から中野勝行が参加)

政党には事前に質問をFAXないし郵送で送り、アポをとって、取材して、直接話を聞くという形態をとり、11月までには取材対象政党の取材は終わり、政策も出そろった。(太陽党は応じず)

さらに同時並行的に、秋には政党の調査結果をふまえ、約1500人の学生を対象に「温暖化防止政策(2000年以降のCO2削減とその具体的防止策)」と「ごみ問題」(リサイクルコスト負担、デポジット)で、どの政党の「環境政策」だったら投票するのか、その理由は?という政党名を伏せての「学生による模擬投票」を行う企画もあわせて検討していた。各政党の環境政策の優劣を競わせ、エコ・リーグのネットワークを活用することで、政党へ圧力をかけようというのがねらいであった。

環境関係の授業の先生にかけあいつつも、エコ・リーグのネットワークを活用して、アンケートを配布し、法政大学、早大、東大などの学生1601部を回収した。結果は11月末にエコ・リーグ事務所で2泊徹夜して分析をまとめた。

しかし、企画を進めている中で、模擬投票のプレスリリースの時期をCOP3前にするのかそれともCOP3後にするのかについて、またスケジュール的なこととして、ハンドブックとプレスリリース結果をあわせて掲載するのか、それとも分離するのか、といった問題が浮上。スケジュール的にもきつく、ひとりで何役もやっているのが現状で、編集担当者も正式に決まっていない状況であった。(これは9月なかばから10月半ばにかけての時期であった。この頃、根岸正州が入る)ハンドブックを年末に出版することにし、模擬投票の結果はCOP3前にしようと決まった。つまり、越年せず・ハンドブックと模擬投票結果とはリンクさせずに掲載、との方針になった。

また、ハンドブックの広告とりをするために、環境広告をのせることで協賛をしてもらい、財政的に援助してもらうということも検討し、企業のリストアップから電話攻勢を開始。当時1年であった根岸正州が担当者となり、不況でもあったため、反応がいまいちであったが、結局23万、7社からの協賛をえた。

温暖化防止政策の結果についてはCOP3前に新聞に大きく取り上げられ、ちょうど京都会議が始まったころであったため、下位であった新進党の政治家は責任問題がでたということであった。

慶応大学SFCのSAEIが国連から京都会議のオブザーバーの資格を認められ、環境オープンゼミのメンバーのうち、小清水と木村がSAEIのメンバーとしてオブザーバーとして京都会議に参加できることになった。木村宰は京都会議の会議場できゃんえことともに学生による温暖化防止の取組についての記者会見を行った。質疑では会見を聞いていた政治家も評価をしたり、釈明をする場面があったという。小清水はGLOBEに出席していた政治家へこの模擬投票の結果をひとりひとりにロビーで直接訴えた。

12月合宿を行い、テーマ発表のつめを行うとともに、環境オープンゼミとしての提言をまとめるとともに、ごみ問題と投票行動に関するアンケート結果の集計なども行った。

一方、L研はライフスタイルを考えるきっかけの一つとして、合成洗剤に着目し、廃油せっけんに関する普及啓蒙活動をするという目標のもと、調査をしたりし、12月のお茶の水でフリーマーケットに参加し、普及を図った。終了後、休眠状態となった。年末に代表の秋元秀一が代表の責任ということでハンドブック編集担当に手を挙げた。