エピソードⅡ「Watcher’s Labの活動」

1992年(平成4年)

4月~5月頃? Watcher’s Lab結成(環境オープンゼミの前身)
6月 各政党への環境政策アンケート を実施
8月 ブラジル・環境都市クリチバ取材
  ~メンバー3名(永見・立川・西野)が「地球環境特派員(主催:朝日新聞社)」となり、朝日 新聞へレポートを掲載)

1992年(平成4年)6月にブラジルのリオで「地球サミット」(開発と環境に関する国連会議)が開催。日本でも大いに環境問題への関心が高くなった。その後、この夏には参議院選挙があった。この時に自民党環境部会でも、橋本龍太郎を部会長にすえて、環境庁の「省」への昇格を含め、秋の臨時国会を「環境国会」に、という気運が高まっていた。Watcher’s Labのメンバーはその時の政治状況を背景に、各政党の環境政策の調査をすることにし、自民党・社会党・公明党・民社党・共産党の5党に質問をし、それをまとめ、評価をした。しかし、この秋には金丸脱税事件で環境国会どころではなくなる。(ちなみに当時の政策担当者は自民党は安本氏、公明党は谷口氏、民社党は西山氏(現在、自由党)であった。

8月には朝日新聞社主催「ブラジルの環境都市クリチバ取材」の「地球環境特派員」の公募に、メンバーのほとんどが応募。3名の枠のうち、メンバー3名(永見靖、立川友子、西野淑美)が選ばれ、現地に派遣され、朝日新聞へのレポートを執筆した。この時の選考委員が当時、朝日新聞の編集委員であった石弘之氏であった。この石弘之氏との出会いがまた一つのキーポイントとなるのである。