環境オープンゼミ
エピソードⅩⅠ「さらなる挑戦・停滞から発展的活動へ 木村時代」
1998年(平成10年)
4月 申し入れ活動で民主党の環境部会に出席し、自分達の主張をぶつける
5月 新党平和へ申し入れ、改革クラブにも申し入れ
仙台で「仙台駅前 半日遊学」イベントに参加
6月 参議院選挙前アンケートを開始
環境オープンゼミホームページをリニューアル
7月 「ストップフロン全国連絡会」など5団体とともに結果を記者会見
8月 茅ヶ崎キャンプ合宿(交流合宿)
1999年(平成11年)
5月 第3回政党環境政策調査開始
9月 環境オープンゼミMLが発足
10月 政党への質問をまとめ、随時ホームページアップ
「ごまめ」事件
12月 エコ・リーグギャザリング「環境政策ギャザリング」で「環境政策ネットワーク」発足
~環境政策提言を通じて社会に発信していくネットワークを
環境オープンゼミメンバーを中心に立ち上げる
2000年(平成12年)
1月 環境オープンゼミ新年会
ミーティングで議事録整理を行う
2月 環境オープンゼミOB会発足
2001年(平成13年)
7月 永見さん独逸留学につき壮行会
第2回環境オープンゼミOB会
1998年(平成10年)4月からは、木村宰(代表)、根岸正州(会計)、秋元秀一(広報)らが中心となって、以下のような方針で運営していくこととなった。
1.環境問題の根本的解決を目指すには、正確な現状認識が必要である。(知の裏付け)
2.日本の環境NGOには(特に学生団体には)、じっくりと調査研究を行うものが少ない。(社会的ニーズ)
3.環境問題の調査研究を行う学生団体は、将来の環境スペシャリストを育てる場になりうる。(メンバーの内面的成長と将来性)
の3つを掲げて活動していくこととなった。
ハンドブック完成後に、ハンドブックにも掲載されてある環境オープンゼミで出した提言を各政党へ申し入れをすることになり、申し入れのできなかった政党もあったが、民主党については環境部会に出席でき、今回の調査結果と提言を発表する場が持てた上、新党平和の環境部会長、改革クラブにも申し入れを行うことができた。販売もことあるごとに行った。企画は、引き続き政党の環境政策調査をしていくことになった。同じことを聞くのではなく、1.政党の組織図と環境部会の位置づけ2.環境政策への実績3.党内での環境政策のpriority4.もっている政策5.政策の具体的実行計画というように、政策や主張を比較するだけではなく、さらに掘りさげて本質を突き、全体的な意思決定の在り方、これまでやこれからの具体的な部分についての詳細な政策情報を提供しようという方向性になった。また、効果や完成度が薄くても継続してこそに意義を見い出し、政策実行状況の第三者的評価を目指すという考えもあった。
5月には仙台で学生グループが学生を対象にした政治を身近にしようというイベント「仙台駅前 半日遊学」を開催したが、小清水宏如が政党政策調査のことでパネラーを要請され、木村宰代表とともに参加。東北地域の学生との交流を深めた。
7月の参議院議員選挙前に「温暖化防止に関する市民立法を進める会」「ストップフロン全国連絡会」「名古屋勤労市民生活協同組合」「日本消費者連盟」の4団体とともに、それぞれが質問をした結果を持ち寄り、環境庁記者クラブで合同で記者会見し、世間にアピールした。環境オープンゼミは環境政策全般部分を提供した。8月には清水穣が幹事となって、茅ヶ崎キャンプ合宿を開催。砂浜で酒を片手に交流をする。
その後、新規メンバー(遠藤智司ら)も増えて、今度は政党が環境政策についてこれまで、国会で力をいかにつくしてきたのかを議事録や発言などで統計をとって評価するという企画を検討しはじめた。議事録を購入するなどして膨大な量の議事録などを精査し、データベース化を目指す作業をした。また、各テーマの調査なども分担した。
翌1999年(平成11年)夏頃から環境政策の理念や考え方などを重視した質問内容を熟慮して、秋頃に各政党へ質問をし、HPへ掲載するということになった。しかし、自民党の解答が環境庁職員に文案を書かせていたことが関係者の証言から河野太郎議員のメールマガジンでながされたため、自民党の回答があやぶまれたが、ことなきをえた。(ごまめ事件)
12月にはエコ・リーグ主催で「環境政策ギャザリング」という学生が学内だけではなくもっと社会発信をしていこうという色彩の濃いギャザリングが開催された。この企画には環境オープンゼミの中心メンバーが中核的になり、新たに「環境政策ネットワーク」という団体が立ち上がった。
年明けの2000年(平成12年)1月に環境オープンゼミの新年会が開催された。(三瓶佑樹・山田裕子が幹事)1月末にミーティングを開催し、議事録の整理を行った。
2月には小清水宏如が中心となって、「環境オープンゼミOB会」がたちあがり、これまでばらばらであったメンバーにも広く声をかけ、2月19日に渋谷のコピスで開催し、18名の参加があった。永見靖を会長、池田玲介を副会長、小清水宏如が事務局長としての一応の役割を決め、定期的に開催をしていくことになった。
その後の政党調査については公明党・自由党(4月には保守党と分裂してしまったが)からは回答を得ることができず、調査の長期化や情報の最新性の問題などから出版はあきらめ、HP上で掲載するということで、終了となった(説明概要レジュメについては不明)。議事録の精査で政党の政策行動の評価については断念することになった。
やはり、モチベーションの問題やメンバーそれぞれの成長段階の相違やもあったかもしれないが、2回目の政党調査の基本理念を考えるとやれる範囲が限界にきていたかもしれない。
その後は事実上の活動停止状態となったが、「環境政策ネットワーク」のメンバーが環境オープンゼミのメンバーでさらには同じ理念で社会発信をする活動をしていたことから、「環境政策ネットワーク」の活動になっていった。