エピソードⅩ「環境政策プロジェクト~政党政策調査Ⅱ」

1998年(平成10年)

1月 再度新党調査を実施
2月 環境庁記者クラブで記者会見
3月 「日本の政党の環境政策」完成・環境政策プロジェクト終了
   第5代 代表に木村宰(東京大学 理科二類)が就任。
   3研究会体制の廃止

しかし、当時の最大野党・新進党が年末に崩壊し、なんとこともあろうに6つの政党にこなごなにわかれてしまうというハプニングが…・。新年早々のミーティングで新党にもきいて再調査をするか、それとも時間や労力の関係で、12月までの時点のものとして出版するか、ということで徹底議論。やはり選挙での判断材料を提供するというそもそもの目的から、新党にも聞くことになり、本には追加資料としてのせることにした。新党5党(自由党、改革クラブ、新党平和、民政党、新党友愛)へは質問を送るだけにしたが、できたばかりで理念的なものしかなかった。

2月には模擬投票結果のうち、ごみ問題と投票行動に関する結果について環境庁記者クラブで記者会見をしたが、話題性がいまいちだったこともあり、1社しか掲載してもらえず。

2月28日にこのプロジェクトの反省会が行われ、プロジェクト全体の総括を行った。いろいろと問題や課題はあったものの、成果を数字的みても環境オープンゼミにとっても関わったメンバーにとっても財産はかなりあったという反省が多かった。

しかし、編集作業は毎晩夜を徹して、代表の秋元秀一が大学のパソコンを使って作業をし、猪苗代旅行当日の夜にやっと編集作業をおえ、ついに政党の調査結果とともに、22テーマの概要・提言もつけ加えた250ページのハンドブック「日本の政党の環境政策」が完成した。

ハンドブックの製作費用は企業へ環境広告を掲載するという形での協賛と商品広告などである程度の金額をまわすことができたが、その後の販売収入で環境オープンゼミの財政は盤石なものとなった。

猪苗代旅行は山田美穂子・里山圭子が幹事となり、2泊3日で遊びだけの打ち上げ旅行であった。
旅行後、3月半ばに入稿し、24日にハンドブックが刷り上がり、環境庁記者クラブに配布し、お世話になった方々へも配布をした。そして販売にこぎつけた。しかし、政界では民政党、新党友愛、民主党が合併して、新「民主党」になるという、政党の離合集散にでくわし、ハンドブック内容の最新性が少し薄らいでしまった。

一方、東京学生ぼらんてぃあフォーラムが企画するイベントの分科会を依頼され、小清水宏如を講師を環境オープンゼミから出した。

3月半ばには運営会議が行われ、環政研・L研、自然環境入門ゼミの3研究会制を廃止し、新代表のもと、一つの環境オープンゼミに活動をしていくことになった。この決定を受けて、3月30日には環政研はその後の残務処理を検討するミーティングを開いて68回にわたってミーティングをしてきた環政研も幕を閉じた。この日、小清水宏如の「お別れ会」があわせて行われた。